タイトル: ウィンストン・チャーチル(英)
SEOタイトル: HOI4 チャーチル|英首相、対独強硬派、連合国指導者

| この記事の要点 |
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経歴
1874 年マールバラ公爵家に生まれ、サンドハースト陸軍士官学校卒・従軍記者として南阿戦争で名を上げる。下院議員(1900 当選)として保守 → 自由 → 保守と党派渡り歩き、第一次大戦時は海軍大臣(ガリポリ作戦で失敗)。戦間期は野党席で対独融和に反対、孤立した「反逆者」扱い。1939-09 海軍大臣に復帰、1940-05 チェンバレン退陣で首相就任。バトル・オブ・ブリテン・砂漠戦・D-Day と戦争指導を主導し、1945-07 総選挙で保守党敗退・退陣。1951 再首相・1955 引退。1965 死去・国葬。
WW2 での役割
- 1940-05 首相就任、ダンケルクからの撤退指揮
- 1940-06 「我々は最後まで戦う」演説
- 1940-08-10 バトル・オブ・ブリテン勝利
- 1941-08 FDR と大西洋憲章
- 1942-1943 北アフリカ戦線(モントゴメリー任命)
- 1944-06 D-Day 承認
- 1945-02 ヤルタ会談
- 1946 鉄のカーテン演説(冷戦開始)
HOI4 での扱い
HOI4 では英国の後継指導者。初期はチェンバレンで、ヒストリカル進行なら 1940-05 のフォーカス「チャーチル首相に交代」で交代します。彼が指導者になると:
- 「決して降伏しない」国家精神付与(士気・組織率ボーナス)
- 戦争目的の正当化時間 −30%
- 政治力獲得 +ボーナス
- 連合主導力アップ
非ヒストリカルでは保守強硬派モズリーや王政復古・帝国連邦などのルートがあり、チャーチルが指導者にならないルートもあります。
HOI4 英プレイのコツは「チェンバレンを早く下ろす」。彼の融和路線は外交ペナを抱え、再軍備が遅れます。1939-09 開戦と同時にチャーチル交代フォーカスを取りましょう。
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HOI4 での戦術活用 Tips
HOI4 英プレイでは 1940-05 チャーチル交代が分岐点。チェンバレン下の融和ペナを脱し、戦時動員・軍備拡張に全振り可能に。「決して降伏しない」国家精神は降伏抵抗ボーナスで、本土上陸を受けても粘り強く戦える。
逸話・名言
「血、労苦、涙、汗、それしか提供できるものはない」(1940-05-13 首相就任演説)。「我々はビーチで戦う、上陸地点で戦う、野原で街路で丘で戦う、決して降伏しない」(1940-06 ダンケルク後)。これらの演説は英国民の抗戦意志を結集し、独単独講和の可能性を完全に潰した。
同時代の他人物との比較
チャーチル vs チェンバレン: 戦間期の融和派 チェンバレン に対し、チャーチルは早くから対独警戒を訴えていた「孤立した予言者」。1940-05 のノルウェー討論で立場が逆転、チェンバレン後継として首相に。
チャーチル vs FDR: 1941 大西洋憲章以来の盟友。チャーチルは大英帝国の維持に固執するも、FDR は「植民地解放」を含意した戦後構想を持ち、両者は微妙な対立を抱えました。